半分大人のセブンティーンズマップ
小学生の時のクラスメイトで、学生寮に家族で暮らす橋本という子がいた。
倫理観が全くと言っていいほど育っていなかった当時の私は、「学生寮にファミリーで暮らしている」というワードがすごく気に入り、橋本の家に頻繁に通っていた。
橋本の親父はとても子どもが好きで、クリスマスの時期になるとパンパンにお菓子を詰めた長靴をくれたり、一緒にサイクリングに連れていってくれたりと、近所の子ども達にとても良くしてくれて人気のある存在だった。
橋本の父はいつも豪快に笑う。
一本しかない前歯を見せてネズミみたいに笑う姿はとてもチャーミングだった。
私もそんな橋本の親父のことが大好きで、橋本が家にいなくても、親父に会うために遊びに通うほどだった。
確かあれは寒い日だった。
橋本の親父とストツーをしていたら、所謂スケバンみたいな女とチンピラみたいな男が、いきなりドアを勢いよくあけて入ってきた。
私が、突然きた初めて見る生き物にあっけにとられていると
隣に座っていた橋本の親父が口を開いた。
「学校は?」
ケバい姉ちゃんがダルそうに言う。
「ふけた」
会話から察するに、どうやらこのスケバンは娘のようだ。反抗期バリバリの。
橋本から年の離れた姉ちゃんがいるとは聞かされていたがまさかこんなのとは。
スケバンは靴を粗野に脱ぎ散らかし、私の存在など気にも留めてないかのような素振りで、テレビの前を横ぎり、襖1枚奥の部屋に入っていった。
続いてツレのチンピラ男も無言で後を追う。
めちゃくちゃ良いところだったスーファミの配線を足で引っ掛けても、悪びれる様子もなく私たちの前を通りすぎる。
親父は何か言いたげだったが、チンピラ男の鋭い眼光に圧倒され、一本しかない歯をわずかにみせた愛想笑いで誤魔化すだけだった。
私は思った。
ネズミだ。
この人は学生寮に巣を食うネズミだ。
その姿はまさに猫に睨まれた鼠のようだった。
部屋にテレビのザーザー音だけが虚しく響く。
しばらく呆然とした後
ノイズを切り裂くように
「もう一回やろうか」と鼠が笑いながら言う
そのぎごちない笑顔は、もう到底チャーミングと呼べる代物ではなかった。
プレイを再開して数分経ち、あることに気づいた。
親父のブランカに精彩がない
いつもはクルクル回ってとんでくるやつや
親父が通称「オカワリ」と呼んでいた、下から両手をすくいあげるような仕草の攻撃がない(ただの強パンチ)
ずっと開始位置から微動だにせず、ただただ電気ビリビリしてる。
弱い、弱すぎる。
全く張り合いがなくなりつまらなくなった私がソファーに腰をかけると
何かが聞こえきた
パンパン パパンパン パンパン パパンパン
肉の打楽器
そして悲鳴に似たソプラノの声。少し細くなったような気がするがこれは間違いなくさっきのスケバンの声だ。
訝しげに橋本の親父に目をやると
親父は虚ろな目でブランカをビリビリさせながら、ジッと聞き耳をたてていた。
ビリビリパンパン ビリパンパン
ビリビリパンパン ビリパンパン
学生寮にこだまするラプソディー
私の不安げな視線で、正気を取り戻したオヤジは
首を二回振り、「音楽でも聞こう」とオーディオのスイッチに手を伸ばす。
流れてきた軽快なサウンド
曲は尾崎豊の17歳の地図
https://m.youtube.com/watch?v=jgh4W55lwwk
親父は取り憑かれたようにボリュームをあげていく
目を閉じ噛み締めるように全身で聴いているようだった。
曲は加速度的に盛り上がりを増していく
サビの部分がやってきた。
尾崎が言う
はんぶん大人のぉセぇブンティーンズマぁっーップ!!
親父は
カッと目を見開いて
「完全に大人やないけ」
って呟いた。
いつもの一本しかない歯をむきだしにして悲しそうに笑う姿
チャーミングではないけどファニーだなっと思った。