レザーを着て死ね

関西出身 現在東京近辺でサバイヴ(仕事)する男 のブログ hustle & hustling

孤高の天才 BACH LOGIC

少しでもヒップホップに興味がある人ならバックロジックという名前を聞いたことがない人は稀だろう。

また、ヒップホップに全く興味がなくても日本に住んでいる以上どこかで彼のビートがあなたの耳に届いているかもしれない。

なにせ、あまりの天才トラックメイカーぶりにあの日本一売れてるアーティストであるEXILEがスカウトをかけた程の男だ。

 

名前はBACHLOGIC(バックロジック)

 

天才トラックメイカーであり、天才プロデューサーである。

今まで関わってきた楽曲は数知れず

AKLO "RGTO" feat.SALU, 鋼田テフロン & Kダブシャイン

 

 

日本のアングラも

FACT - SEEDA feat. BES, 仙人掌

 

 

メジャーも

 Sowelu, EXILE, DOBERMAN INC / 24karats -type EX-

 

本場USのサウンドでも

NAS - last real nigga alive BACH LOGIC REMIX

 

 

BLがUSサウンドをリミックスしたMUSIC REPAIR SHOP シリーズはf:id:madwhizkid:20171030214743j:image激レアになっているので見かけたら必ずゲットすることをオススメする。

 

 

そんなBLだが実は極度のメディア嫌い(あるいは露出しない戦略)のため正体は未だに謎のベールにつつまれている。

 

そんなわけで少しでもBLを理解するべく、彼の歴史を紐解いていきたい。

 

天才BLのキャリアはDOBERMAN INCドーベルマンインク)という大阪のヒップホップクルーから始まった。

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ドーベルマンインクとは、EXILEのHIRO氏が率いるLDH所属のDOBERMAN INFINITYドーベルマンインフィニティ)の前身となるグループである。

そのスタイルはUSをバリバリに意識し、韻にはあまり囚われず、BLのトラックに乗せて英語風にラップするというスタイル。所謂、USのヒップホップをそのまま日本でやろうとしていた。

Doberman INC - D. I. ANTHEM

どうだろう?今ならSIMONあたりが似たようなスタイルだが、当時(2002年前後)としてはUS顔負けのトラックに違和感のないラップは衝撃的だった。

 

 

その同時期の大阪にもう一つ勢いのあるヒップホップクルーが存在していた。現在フリースタイルダンジョンでも活躍中のエローンとヒダディーが所属するクルー、ご存知韻踏合組合である。

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その韻踏のスタイルはドベルとは全くの正反対だった。

日本語の面白さに着目し、いかに面白く踏めるかを競うかのようなスタイル。まさに日本ナイズドされた独自のヒップホップと言うべきかもしれない。

 

そんなスタイルの違うグループが同時代、同時期に産声をあげたのである。

 

 

もめないわけがない

 

ドベル vs 韻踏

 

 どちらが大阪の代表なのか

 どちらのヒップホップがいけているのか

 

当時、大阪のヒップホップはこの2大勢力のビーフの話題で持ちきりだった。

 

韻踏が「フリースタイルできないラッパーはフェイク」とディスれば、「俺たちは作品で勝負するラッパーだ」と、ドベルは返す。

 

当時のストリートの評価は、フリースタイルを武器とし、少し武闘派の匂いをかもしだしていた韻踏を街のヘッズ達はリアルとしていたと思う。

追い風のように日本最大のヒップホップ雑誌BLASTでも韻踏押しの記事が多数掲載され

 

韻踏=リアル
ドベル=フェイク

 

の図式が次第に出来上がっていった。

 

 

私は思う

 

この抗争はただの大阪の若手ヒップホップグループのビーフという観点のみで語ってしまってはいけない。


このビーフは、日本のヒップホップ文化の今後の方向性を決めた事件だったと考えるべきである。

 


本場に近づくのか VS 日本独自のヒップホップを作るか

 

のターニングポイントだったと考えることができる。

 

一体何がリアルで、何がフェイクなのかを全国のヒップホップヘッズが問われた瞬間だったのだ。

 

 

結局、日本のヒップホップは韻踏を選んだ

 

 

私はこの結果により大阪の・・・いや、日本のヒップホップは、10年は遅れたと思う。

 

 凝り固まった誤ったヒップホップ観でDragon Ashを村から追い出したように、この時代、ヒップホップを受け入れる土壌は育ってはいなかった。

 

韻踏のいかに踏めるかを競うようなスタイル。韻に囚われた音楽。果たして正解だったのか?

ビーフ後、ますますフリースタイルに傾倒し、自らでENTERを主催し、UMBを盛り上げた韻踏。まさに今のフリースタイルを中心とした日本語ラップの功労者であることには間違いはない。

しかし、フリースタイルはあくまでもヒップホップの一つの要素でしかない。フリースタイルができるからリアルなMCなんてのは大間違いだ。確かにマストだ。だが人を唸らせる作品がつくれなければ意味はない。

 

例えていうならば、松本人志は発想の天才である。確かに瞬間の芸では超一流であるが、映画という練り込んだ芸術を産み出すという点では三流だ。全くジャンルが違う。

 

ラッパーは音楽を生業としている。音源がドープなラッパーがドープなラッパーである。フリースタイルだけが過度に膨らみすぎた日本のヒップホップを変えるためにも是非、素晴らしい音源を聴かせてもらいたいと切に願う次第である。

 

ちなみにこのビーフは、作品やMCバトルで決着がつくことはなく、韻踏のOHYAがドベルのトモゲンの頭を警棒でカチ割ったり、ベイサイドジェニーでドベルのライブ中に生卵を投げつけるという事件をおこし、韻踏から浮きまくったあげく脱退(クビ?)というしようもない幕切れとなった。

 

名誉のため言っておくがヒダディーとエローンは決してそんなことはしていない。

 

 

どちらが正しかったのかは未だによく分からない。

 

新しいことを試みたドベル自身も批判の多いグループであったことは間違いない。

 

しかし、そんな中であってもBLのトラックだけは評価が高く

 

BLの無駄遣い、インストだけでいい

 

と揶揄されることも多かった。

 

転換期の日本のヒップホップ界においても「BLだけは本物」だとして疑われなかったのである。

 


本物はスタイルの垣根を超えるということだ。

 

 

今もBLは逃げずに本場のヒップホップに勝負をしかけている。USのメインストリーム・ヒップホップと比較しても遜色ないサウンドを提供し続けているのである。

 

いつかそのトラックを完璧に乗りこなすラッパーがでてきた時こそが

 

ジャパニーズヒップホップの新たな幕開けである

 

 

 

 

-曲紹介-

 最高の一曲。ジブラの弟であるsphere of influenceと、アジア人ラッパーとしてはじめて米国にてメジャーデビューをしたラッパーであるMC Jinの曲。Jinは凄腕の天才フリースタイラーとしてもしられている。そんな本場顔負けのスキルに全く負けてないBLサウンド。

JIN Yo Yo Ma

 

日本のラッパーも日本語でのバトルもいいが、英語を使って本国に殴り込めるぐらいじゃないといつまでもヒップホップではなく日本語ラップの粋はでないんじゃないかと思う。

 

 

BLサウンドを知るためのオススメのアルバム

 

DOBERMANN

 BLの伝説はここから始まった。大阪のヘッズを虜にした時代を変えた話題作。

DOBERMANN

DOBERMANN

 

 

 

 

花と雨

 

バイリンガルラッパー seedaのこのアルバムは日本人のヒップホップに対する意識を大きく変えた作品だと言える。

花と雨

花と雨

 

 

 

JAY’ED

 

発売から10年たっても未だにヘビロテ。BLサウンドに捨て曲無し。IDEAの音なども入ってます。

 

The Gift

The Gift